大河ドラマ『麒麟がくる』三十七回「信長公と蘭奢待(らんじゃたい)」を見て

歴史

こんにちは。

昨日は日曜日、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』の放送日でした。

昨日は今をときめく『鬼滅の刃』の放送があり、M1グランプリもあり……『麒麟がくる』の視聴率は苦戦したのではないでしょうか。

我が家は子どもたちの意見を聞き、『鬼滅の刃』を録画し、『麒麟がくる』をリアルタイムで見ることにしました。
(『麒麟がくる』は土曜日のお昼に再放送するので、優先する人は少ないかも。)

結局、あとで『鬼滅の刃』を見たらアニメと同じだったので、録画する必要もなかったかもしれません。
漫画もアニメもすでに知っているので。

昨日の『麒麟がくる』は信長に焦点をあてた回でした。

そうですよね。
そろそろ終わりが見えてくるころですから。

今まで信長のやりすぎな面を多少気にしながら、それでも平和のためにやむを得ないと思ってしたがってきた十兵衛。
でも信長の本質は見えていなかったのでしょうね。

この『麒麟がくる』の信長は、十兵衛が思うように平和に目を向けているわけではないのです。
他人に褒められること、自分のことを認めてくれること、それがすべて。

まわりに褒められ、認められ、ついには帝にも褒められている。
そうすると、次は目に見える形で自分の価値を知りたくなった。
そのことがすべて。

今までは十兵衛はうまく信長を操って導いてきたにすぎない。
今までは利害が一致していたのです。
でもそれが変わってきた。

そういう、溝ができてきたを表していた回だと思います。

十兵衛はまっすぐな男ですし、信長が興味あることにはまったく興味がない。
そりゃあ理解できませんよね。

麒麟のくる国だって、十兵衛は平和のために、民のためにやっていること。
でも信長は違う。
じぶんが麒麟になってやる、民に褒められる世をつくる、民のため=じぶんのため。

このあたりで溝が広がるとしても、今の十兵衛を見ていると、とても謀反を起こすとは思えません。

やっぱりたくさん出てくる帝が黒幕かなぁ。

信長が送った蘭奢待を毛利に献上するなど、ちょっと嫌な予感がしますね。
それを知った信長が帝に落胆するのでしょうか。

十兵衛は人を好きになる男です。
好きになった人のことを考えます。
そのなかでも帝のことは特別に感じていました。
帝のことはやはり神のように感じたのでしょうか。

帝もまた十兵衛を信頼した様子。(フィクションですが。)
帝が信長を止めるために、十兵衛に討つようにいうのかな。

十兵衛は「だれもわかってくれなくてもいい」という意味のことばを遺しています。
だれもわかってくれなくても、じぶんは正義のために事を構えた、ということでしょうか。

この十兵衛が信長のパワハラで謀反を起こすなんてあり得ない。
そもそも信長の手記には、いかに十兵衛を信頼し、十兵衛に物事を任せていたかが書かれています。

歴史ってほんとうにおもしろい。
推測しかできないから、事実がどうだったのか気になります。

今年は27日の放送が最後。
残りもわずかです。

お読みいただき、ありがとうございました。

コメント